青島歴史文化の広場 その8 古墳に興奮
青島歴史文化の広場 その7 貝塚!
近場の魅力を見つけるのが大好きな
広報宣伝課
ブルーマウンテンです。
今回も 青島歴史文化広場 のシリーズです。
前回紹介しました。
小さな小屋の傍らにある看板をよく見てみると!
なんと貝塚!!
そしてこれが!小屋の内側です。
見づらいので、更にアップ!
貝塚を見やすいように加工して、展示してあります。
このHP ※ でも紹介されているように
この貝塚は、
縄文時代後期から晩期にかけてのもので、
昔は、この貝塚の事を 「 みな 」 の貝殻がたくさんでるところで知られ
「 みなばたけ 」と呼んでいたそうです。
ちなみに、「 みな 」とは、貝の方言です。
実は、実は!
まだまだこの公園には、
魅力があるんです。
ということろで、続きはまた!
今でも近場の魅力を見つけてます
広報宣伝課
ブルーマウンテンでした。
青島歴史文化の広場 その6
近場の魅力を見つけるのが大好きな
広報宣伝課
ブルーマウンテンです。
今回も
青島歴史文化の広場のシリーズです。
前回は、広場西側にある駐車場から見て東側にある、
2つの小さな建物について紹介しましたが
更に、そこから北東側!
そこには小さな小屋みたいな物が!あります。
なぜにこんなところに小屋???
これです。
この小屋の傍らにある看板を見てみると!
なんと!びっくり!!!
次回お楽しみに!!!
今でも近場の魅力を見つけてます
広報宣伝課
ブルーマウンテンでした。
青島歴史文化の広場 その5
近場の魅力を見つけるのが大好きな
広報宣伝課ブルーマウンテンです。
今回も青島歴史文化の広場シリーズです。
前回は、竪穴式住居を紹介しましたが
今度は、その隣にある、この建物!
公園内のマップで確認してみると
「 高床式あずまや 」とあります。
いろいろ調べてみたのですが
「 高床式あずまや 」 は、はっきりとした、説明が見つかりませんでしたが
隣が前回紹介した、竪穴式住居なので、
高床式住居でしらべて みると ※ 画像検索ですのでご了承下さい。
高い床の建物の意味ですね!
横から見てみました。
けっこうな高さがありますよ。
あずまや は、庭園などに眺望、休憩などの目的で設置される簡素な建屋という意味ですので、
是非、ここから公園を一望して、太鼓の息吹が体験してみてくださいね。
続きはまた!
今でも近場の魅力を見つけてます。
広報宣伝課
ブルーマウンテンでした。
※は、外部リンクです。
青島歴史文化の広場 その4
近場の魅力を見つけるのが
大好きな広報宣伝課
ブルーマウンテンです。
今回も 青島歴史文化の広場 の紹介です。
広場にある、駐車場から左斜め方向を見ますと
何やら、木の枠を組んで作ったような建物が二つ!
普通公園といえば、滑り台やブランコなどがあるのが定番ですが、
ここは、一味違います!
コレです。
ズームイン!
実は、コレ!竪穴式住居 ※ を再現したものなんです!
看板を読んでみると、 竪穴式住居 は、地面を円形や方形に掘り下げて、
床面を作る住居で、縄文時代から中世まで
長く使用されていたそうです。
気になる もう一つの建物は・・・・
続きはまた!
近場の魅力を見つけるのが
大好きな広報宣伝課
ブルーマウンテンでした。
※は外部リンクです。

近場の魅力を見つけるのが、大好きな
広報宣伝課
ブルーマウンテンです。
8回目を迎える青島歴史文化の広場 シリーズですが
いよいよ今回が最終回です。
前回は、貝塚の紹介をさせて頂きましたが、
最終回は・・・・。
それでは、早速!
松添貝塚から北側の方向を眺めて見ると
何やら、小高い丘のようになっています。
写真に見える看板を見ると!
最初に、これを見つけた時は、興奮しました!
このHP ※ からすると
弥生時代の古墳みたいですね。
昭和9年頃、当時の青島神社の宮司さん(長友千代太郎村長)を中心に、発掘も行われ
石棺の中から、土器や金環などの副葬品も出てきたそうです。
この青島歴史文化の広場の周辺は、住宅や道路が整備されていますが、本当は
まだまだ石器や土器馬埋まっているはずとも説明されていますね。
この古墳を見つめていると
太鼓の昔へタイムスリップしたかのような。。。。
気分になれます。
まだまだ
近場の魅力を見つけてます。
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ブルーマウンテンでした。
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